検察審査会の午後
佐野 洋の「検察審査会の午後」(新潮社)を読みました。 小沢一郎元民主党代表が検察審査会の議決により強制起訴されたときにあらためてクローズアップされた「検察審査会」を題材にした小説です。この作品が書かれたとき(1990年代)は、今の制度と違って検察審査会の議決に拘束力がなかった時代。
2009年から一般市民が裁判に参加する「裁判員制度」がスタートしましたが、これについては冤罪を生む可能性がさらに広がる恐れがあると心配していますが、昔からあった検察審査会の制度は2009年から拘束力を持つようになって一歩前進だと思っています。
この小説が書かれた当時に、亡くなった義母が検察審査員に偶然選ばれたこともあり、私自身は昔から関心がありましたが、小沢一郎の件まではあまり関心を持たれることはなかった方が多かったのではないでしょうか。
「MARC」データベースには次のように紹介されています。
検察庁の不起訴は本当に妥当なのか。市民で構成される「検察審査会」に選ばれた私が、事件の裏側にかいま見た意外な真実。市民が審査する8つの事件にひそむ事実を描いた連作ミステリー。
短編連作で「審査一 落ちてきた義務」「審査二 消えた指紋」「審査三 効きめのない祈り」「審査四 毒入りだんご」「審査五 心停止時刻」「審査六 紐がからむ」「審査七 盗まれた音」「審査八 深夜の刑事」の8編からなっています。
主人公は高校の教師。昔、教え子の姉との不倫関係が世間に知れたために県立高校を追われ、妻とも離婚。今は、私立の高校教師。彼が審査会の補充員に選ばれたことから物語が始まり、審査員である女性とのほのかな恋模様を散りばめながら、事件を推理する物語が展開していきます。
「検察審査会」を題材にした小説を読むのは初めてです。語り口も柔らかで、とても読みやすくて一気に読んでしまいました。短編連作ですので、まとまった読む時間がない方にはオススメの小説です。
2009年から一般市民が裁判に参加する「裁判員制度」がスタートしましたが、これについては冤罪を生む可能性がさらに広がる恐れがあると心配していますが、昔からあった検察審査会の制度は2009年から拘束力を持つようになって一歩前進だと思っています。
この小説が書かれた当時に、亡くなった義母が検察審査員に偶然選ばれたこともあり、私自身は昔から関心がありましたが、小沢一郎の件まではあまり関心を持たれることはなかった方が多かったのではないでしょうか。
「MARC」データベースには次のように紹介されています。
検察庁の不起訴は本当に妥当なのか。市民で構成される「検察審査会」に選ばれた私が、事件の裏側にかいま見た意外な真実。市民が審査する8つの事件にひそむ事実を描いた連作ミステリー。
短編連作で「審査一 落ちてきた義務」「審査二 消えた指紋」「審査三 効きめのない祈り」「審査四 毒入りだんご」「審査五 心停止時刻」「審査六 紐がからむ」「審査七 盗まれた音」「審査八 深夜の刑事」の8編からなっています。
主人公は高校の教師。昔、教え子の姉との不倫関係が世間に知れたために県立高校を追われ、妻とも離婚。今は、私立の高校教師。彼が審査会の補充員に選ばれたことから物語が始まり、審査員である女性とのほのかな恋模様を散りばめながら、事件を推理する物語が展開していきます。
「検察審査会」を題材にした小説を読むのは初めてです。語り口も柔らかで、とても読みやすくて一気に読んでしまいました。短編連作ですので、まとまった読む時間がない方にはオススメの小説です。
硝子の葦
桜木紫乃の「硝子の葦」(新潮社)を読みました。 このブログで「風葬」と「凍原」をご紹介しましたが、そのときに『共感できる登場人物がいない、ということも興をそがれる要因だと思います』と酷評しながら、またまた桜木紫乃の作品を読んでしまいました。
今回の作品にも「共感できる」人物は登場しませんでした。強いて挙げるなら、虐待されていたまゆみという女の子を気遣う主人公たちの思いには声援を送りたくなったことぐらいでしょうか。
新潮社のHPには次のように紹介されています。
母の愛人だった男が、私の夫。愛なんて最初からなかった、はずなのに。夫の事故ですべてが狂い始めた――。善悪の彼岸へ近づく日常。私たちの“仮面”は崩壊し“怪物”が顔を出す。死ぬって、恰好悪いこと? 忘却不能の最後まで、あなたの心は震え続ける! 2010年必読のミステリー。読み逃せば、後悔する。間違いなく!
これでは本の内容が全くわかりません。売らんかな、という出版社の気持ち?は分かりますが、これでは本の紹介としては…。
「硝子の葦」とは主人公の幸田節子が出した歌集のタイトル。短歌を歌集にまとめて自費出版できるほど日々の生活に追われない暮らしをいとなむ主人公の驚くべき犯罪を淡々とした文で描いていきます。「犯罪」を犯す主人公の生いたち、境遇や動機が詳しく書かれ、最後の場面を迎えて序章にあたる冒頭の14ページを読み返してしまいました。ということは、共感できる人物は登場しなくても、犯罪に追い込まれてしまった人物の「動機」には「同情」できる部分があるのです。
罪を犯す心情をこの作者は巧みに表現しています。そういう意味では読み応えのある小説ではありました。女性の「怖さ」に触れてみたい方は、どうぞお読み下さい。
今回の作品にも「共感できる」人物は登場しませんでした。強いて挙げるなら、虐待されていたまゆみという女の子を気遣う主人公たちの思いには声援を送りたくなったことぐらいでしょうか。
新潮社のHPには次のように紹介されています。
母の愛人だった男が、私の夫。愛なんて最初からなかった、はずなのに。夫の事故ですべてが狂い始めた――。善悪の彼岸へ近づく日常。私たちの“仮面”は崩壊し“怪物”が顔を出す。死ぬって、恰好悪いこと? 忘却不能の最後まで、あなたの心は震え続ける! 2010年必読のミステリー。読み逃せば、後悔する。間違いなく!
これでは本の内容が全くわかりません。売らんかな、という出版社の気持ち?は分かりますが、これでは本の紹介としては…。
「硝子の葦」とは主人公の幸田節子が出した歌集のタイトル。短歌を歌集にまとめて自費出版できるほど日々の生活に追われない暮らしをいとなむ主人公の驚くべき犯罪を淡々とした文で描いていきます。「犯罪」を犯す主人公の生いたち、境遇や動機が詳しく書かれ、最後の場面を迎えて序章にあたる冒頭の14ページを読み返してしまいました。ということは、共感できる人物は登場しなくても、犯罪に追い込まれてしまった人物の「動機」には「同情」できる部分があるのです。
罪を犯す心情をこの作者は巧みに表現しています。そういう意味では読み応えのある小説ではありました。女性の「怖さ」に触れてみたい方は、どうぞお読み下さい。
「第2ぞうさんの家」でバーベキュー
「憩いと交流のたまり場=ぞうさんの家=」の特別行事として、バーベキューを「第2ぞうさんの家」で楽しませていただきました。 當麻寺の近く、「ぞうさんの家」から歩いてすぐのところにあるIさん宅の庭を開放していただいてのバーベキュー。準備の間、広大な庭や畑などを見学させていただきました。まさに「洋館」という言葉がピッタリのお宅でした。家以外のすべてを手づくりでコツコツと造られ、美しい花や池、造作物に見とれている私。 バーベキューの準備がほぼ終える頃まで、ずっと敷地のアチコチをウロウロ…。Iさん、ゴメンナサイ…。 全員(17人?)がそろい、いよいよバーベキュー開始。屋外でのこうした「食」の機会はずっと持つことができませんでした。特に妻のチカコにとっては久しぶりのバーベキューで、ヨーケ食ウトリマシタ。 お腹が満足したところでヘロヘロ、メロメロのアコーディオン演奏を3曲。その後、Wさんのギターやアコーディオンの伴奏で10曲ほど歌い、コーヒータイム。 私は車で行きましたので、アルコールはガマン(くっそ~)。残念だったのは、それだけ。いろんな話に花が咲き、解散となったのは3時を過ぎていました。4時間も庭の景色を楽しんだり、バーベキューを楽しんだり、オシャベリを楽しんだり…。事務局のみなさんに感謝、かんしゃ、カンシャ…。まさに素敵な「たまり場」でした。
5月の橿原「アコーディオン初級教室」
3週間ぶりに白橿公民館の「初級教室」を行いました。今回の参加者はお一人だけでした。来週は3人、再来週は2人の予定です。今日は一番出席率のいいMさん。Mさんは畑で野菜を作っておられ、ときどきとれたてのいろんな種類の野菜をくださいます。今日も玉ネギとレタス、エンドウをいただきました。 「教室」は私と二人だけですので、Mさんはほとんど休む間もなく弾きっぱなし。三人に共通の「練習曲」とMさんだけの独奏曲を。時間がタップリありましたので、家での「練習の仕方」も練習。密度の濃い練習でさぞお疲れのことと思います。 以上…ですが…あまりに記事が短いので…まだご紹介していなかった?庭の花をご覧下さい。1枚目の写真は、テッセン(クレマチス)で、去年は花がわずか二輪咲いただけで寂しかったのですが、今年は倍の四輪咲いてくれました。来年は?二つ目はナデシコです。
もうひとつ、何年も前から勝手生えしている花があります。名前が分かりません。教えていただければウレシイです。(イキシアという名前だと16日に判明しました)
なんだか変なブログになってしまいました。お許しを…。
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當麻のお練り(當麻寺練供養)
二上山の麓に建つ當麻寺へ「當麻のお練り」(聖衆来迎練供養会式)を見にいきました。お練りは4時から5時過ぎまであるのですが、金色の仮面などを見るために2時過ぎには當麻寺へ。 まず、お練りに参加する方々が集まる護念院へ。ここで貴重な「お練り」でかぶる二十五菩薩の仮面を見ることができました。あと少し遅ければ見ることができないところでした。 後で分かったのですが、関係者以外立ち入り禁止となっている二十五菩薩に扮する方々が着替える部屋へ。大勢の方でごったがえしていました。テレビの取材も行われていました。 始まりの時刻まで時間はタップリ。大勢の人々が露店に。立ち寄ったのは、警備本部詰め所。ここに知り合いのHさんご夫妻が。今回ボランティアとして参加されていて、偶然、護念院の仮面が展示してあるところでバッタリお会いしたのです。 この日だけ本堂は「極楽堂」となり、ここから「娑婆堂」との間に「来迎橋」という長い板橋が架けられ、この橋をお稚児さんや二十五菩薩などが渡っていきます。詳しくは當麻寺奥院のHPをご覧下さい。 本堂(極楽堂)にこのブログでご紹介したことのある當麻寺西南院の住職のお姿が。気さくな方なのですが、この日ばかりは….。向かって左側がそのY住職です。 當麻寺の「お練り」を拝見するのは、2回目。久米寺の「お練り」をはじめ、全国の「お練り」の根元はこの當麻寺だそうです。毎年、5月14日に行われ、もう1008回目となるそうです。


































