「千両かんばん」

山本一力の「千両かんばん」(新潮社)を読みました。
千両かんばん
この作家は私の「お気に入り」作家なのですが、たま~~にハズレがあります。多くの作品は情景描写や人物描写に優れ、構成もしっかりしています。ところが・・・今回の作品は山本一力に似せてゴーストライターが書いたようなお粗末なものでした。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
秘伝の継承を目前にして親方に死なれ、弟弟子には先を越され、鬱屈した日々を過ごす看板職人・武市のもとへ大店から依頼が舞い込んだ。「目新しい趣向を」との注文に途方に暮れる武市。が、不意に閃いた前代未聞の看板思案に、職人の血が沸き返る。依頼主は猛反対、協力を仰いだ棟梁には激怒され、それでも―江戸っ子の度肝を抜く仕事、やるのは俺だ!痛快無比の時代長編。

主人公となるのは飾り行灯の職人、武市。武市がハイハイもできない頃に両親を火事で亡くし、長屋の女房たちの手で育てられた武市。6歳のとき、仲間内から「緋色の六造」の二つ名で呼ばれる飾り行灯職人の六造に引き取られ、9歳から見習い小僧となった武市。

六造の名が江戸の隅々にまで通ることになったのは、紅花の汁を使った緋色の看板がきっかけ。緋色の汁の作り方は、六造が独自に編み出した秘宝で、六造から「おれの緋色を継ぐのはおめえだ」と言われていたにもかかわらず・・・20代半ばになった頃に六造が急死。

武市を疎んじていた六造の女房は廃業を言いだし、武市を跡取りとすることをかたくなに拒み、武市は独立して裏店に移ります。

さらに武市を「不幸」が襲います。六造の女房は六造が書き残していた紅花絞りの技法を弟弟子の祐三という職人に見せてしまったのです。

物語は、武市が緋色の技法をどうやって身に付けていくかが焦点になるはずでした。が、いつのまにか焦点がぼけ始め、乾物問屋大木屋の屋根に猪牙舟を乗せるまでの苦労話になっていってしまうのです。

もちろん、猪牙舟の舳先に据える行灯には緋色を使った梅鉢の紋があしらわれるのですが・・・武市がどのようにして緋色の紋を作ったのかにはほとんど言及されません。後半部は猪牙舟にまつわるエピソードが満載で、「緋色」は完全に後景へと退けられてしまいます。

市井に生きる人々の人情が山本一力らしく描かれてはいますが・・・前半部で力点を置いていた「緋色」作りが途中から消え、猪牙舟の話(これだけを取り出すと面白いのですが)に変化させた理由がサッパリ分かりません。

そしてもう一つ・・・山本一力は「章」のお終いに登場人物とは直接関係のない情景描写を巧みに入れる作家ですが、本作では無駄に多用しすぎています。

・・・都鳥のつがいが、海辺橋の真上で啼いた。・・・庭の遠くで、鹿威しがスコーンと鳴った。・・・空の高いところで、星が流れた。・・・帳場のネコが、大きなあくびをした。・・・猫が、不思議そうな目で聡助を見つめていた。・・・大型のボラがバシャッと跳ねて、武市に応えた。・・・風鈴は優しい音色を奏でた。・・・猫の鳴き声が聞こえてきた。・・・雨音が屋根を叩いて武市を褒めていた。これ以外にも、まだまだあります。効果的な描写とは言えない多用ぶり。

ナントモお粗末な時代小説でした。

スポンサーサイト
テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

Tag:読書  Trackback:0 comment:2 

「壁の男」

貫井徳郎の「壁の男」(文藝春秋)を読みました。
壁の男
貫井徳郎の作品を読んだのは「後悔と真実の色」が初めてでした。この本はオススメとして紹介したのですが・・・その後読んだ短編2点と長編2点の出来が悪く(というよりも、私の好みに合わず)、図書館ではこの作家の本が並ぶ場所は意図的に素通りしてきました。

先日、図書館に行ったとき・・・真っ白な地に黒い文字で「壁の男 貫井徳郎」と書かれた背文字が目に飛びこみ、手に取って出版年を見ると昨秋発行されたばかりの本だと分かりました。新作という理由だけであまり期待せずに読んでみることにしました。

これが・・・大正解! 作者に対する評価が一変するほど読み応えがあり、温もりを感じさせてくれる感動的な小説でした。

文藝春秋のHPには、次のように紹介されています。
ある北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。その、決して上手ではないが、鮮やかで力強い絵を描き続けている寡黙な男、伊苅(いかり)に、ノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが……。彼はなぜ、笑われても笑われても、絵を描き続けるのか?

寂れかけた地方の集落を舞台に、孤独な男の半生と隠された真実が、抑制された硬質な語り口で、伏せたカードをめくるように明らかにされていく。ラストには、言いようのない衝撃と感動が待ち受ける傑作長篇。


物語は5つの章から成っています。「紹介」文を読むとノンフィクションライターの「私」が「男の半生」を明らかにしていく物語だと勘違いするような書き方になっていますが・・・取材で明らかになることはほとんどなく、主人公となる伊苅のことを三人称視点で描いていき、読者にだけ「真実」が明かされるという形式をとっています。

栃木県のある小さな町でのこと。SNS上で家々の壁に描かれている原色の稚拙な絵が話題となり、「観光」客として訪れる人がいるということを知ったノンフィクションライターが取材を始めるところから物語が始まります。

その絵を描いたのは、今は独り暮らしをして学習塾と便利屋をして生計を立てている伊苅。

第1章は家の壁が絵で埋められた町になるまでの経過が描かれています。ここまでは、またまたつまらなそうな話かも、と思いながら読んでいました。

第2章以降で、伊苅がなぜこの小さな町で家の壁に絵を描くようになったかが過去に遡って描かれています。

その過去とは・・・これを書いてしまうと読む楽しみを完璧に奪ってしまうことになりますので・・・詳しいことは省略します。

伊苅の「娘」のことや妻のこと、子ども時代をどう過ごしたのか、大学時代の友人について、勤めていたときのこと、父と母との家庭生活のこと・・・読み進めるにつれて読者は(少なくとも私は)、ノンフィクションライターが知りえなかった主人公の人格形成の過程の一端を知り、主人公に感情移入してしまうのです。

そして、最後に明かされる事実によって大きなショックを受け・・・同時に、伊苅が幼稚な絵を描き続ける本当の理由を知ることとなります。

憎らしいほどの「構成」です。読む価値がある「逸品」です。ご一読あれ・・・
テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

Tag:読書  Trackback:0 comment:3 

「ゆらやみ」

あさのあつこの「ゆらやみ」(新潮社)を読みました。
ゆらやみ
この作家の時代小説を何冊か読みましたが、これほど暗い色彩を帯びた作品は初めてです。

あさのあつこが書く時代小説は葛藤する内面の描写が素晴らしいのですが、「描きすぎ」、「くどい」と感じるようになって・・・しばらく遠ざかっていました。

物語の舞台となるのは、石見銀山。今から10年ほど前に石見銀山遺跡が世界遺産に登録されましたが、私はまだ訪れたことがありません。銀を採掘した坑道(「間歩」まぶ)で働くことの過酷さや羅漢寺のこと、幕末の世の動き、鉱山に隣接して発展した大森の町・・・描かれていることは多岐にわたります。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
石見銀山で育ったお登枝は身寄りもなくまもなく女郎になる。客をとる前夜、お登枝は堪えきれず密かに想いを寄せていた銀掘の伊夫の許へと逃げるが男に後をつけられて―。幕末の石見銀山で出逢った山の神に愛された若き女郎と銀を掘る少年。罪に手を染めても、愛し抜こうとした二人の灼熱恋愛長編。

物語は明治から大正時代までを備前の商人の妻として生き抜いたお登枝が、幕末期に女郎宿「かぐら」で「かぐらのお登枝」として遊女の頂点に立った時代を回想するという形式をとっています。

石見銀山の最盛期は江戸時代初期。幕末期には終焉に向かっており、ただ一軒だけ残った女郎宿「かぐら」は10人前後の「女」を抱え、旅籠商いもしている宿。

銀掘(かなほり)だった六蔵爺はお登枝の母の兄。間歩でお登枝を産み落としてすぐに死んでしまった妹に代わって育ててくれた六蔵爺は、銀掘としては驚くほど長生きでしたが、51歳になった正月明けに世話になっていた「かぐら」の離れで亡くなります。お登枝が10歳のときでした。

「かぐら」の女将、おそのはお登枝が一番高く売れる時期を慎重に計り、一番高く売れる男を物色していました。

「かぐら」で下働きをしていたお登枝が12歳のとき、岩見に住む山主の長男に嫁ぐ「花嫁御寮」を見に行かせてもらったときに撒かれた餅を拾うことができ、大切に持ち帰ろうとしていました。帰り道に少年たちに大事な祝い餅を奪われそうになったところを助けてくれたのが、流れ者で切支丹だった伊夫という少年。

伊夫の父は流れ着いた岩見で銀堀として働き、まだ少年だった伊夫は堀子の使い走りである手子を経て鉱石を運ぶ「柄山負(がらやまおい)」となっていました。その父は六蔵爺が亡くなった後に死んでしまい、伊夫が独りで住む小屋にお登枝は何度か食べ物を届けに行くうちに「恋心」が芽ばえていきます。

一年後、そんなお登枝の初めての客が決まり、おそのに覚悟をさせられるお登枝。相手は大森の豪商で62歳になる大旦那。

お登枝は客をとる前の日に「かぐら」を抜けだし、伊夫を訪ねるのですが・・・前夜、お登枝を買いたいと談判して断られていた与治という男に襲われ、間一髪というときに伊夫が阿修羅の如き形相で・・・与治を殺してしまいます。そして・・・お登枝と伊夫は結ばれます。

この一度きりの夜を支えに、お登枝は辛い「かぐら」での生活に耐えていくのです・・・。

物語はこうして始まるのですが、まだほんの序章に過ぎません。続きを知りたい方はぜひお読み下さい。あさのあつこにしては珍しい性描写がそこここにされている時代小説です。
テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

Tag:読書  Trackback:0 comment:2 

「桜の咲かない季節」

伊岡瞬の「桜の咲かない季節」(講談社)を読みました。
桜の咲かない季節
名前も作品も全く知らない作家の連作短編集。ときどき読んだことがない作家の本を借りるようにしていますが・・・私のようなオジサン向けの小説ではなく、お若い女性向け?の小説でした。

途中で何度も読むのを止めようと思ったのですが、結局・・・最後まで読んでしまいました、という程度の作品。でも、後味は悪くはありません。ミステリ仕立ての恋愛小説とでも呼べばいいのでしょうか。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
インドで襲われ一年後に亡くなった父の『占い拠 七ノ瀬』を継いだ桜子は、客が喜ぶ占いをするのが苦手で、占い師として致命的。そんな桜子を心配して、表に裏にと駆けずり回るのが乾耕太郎だ。ふだんはしがないフリーカメラマンをしている。仕事がないときがよくあるのだが、そんなときは奔走しっぱなし。というのも桜子に気があるからだ。二人の前に立ちはだかる五つの謎を解いて、男を上げろ、耕太郎。

主人公は、フリーカメラマンの乾耕太郎という20歳代後半の青年。そして「恋」の相手は「占い処 七ノ瀬」の看板を掲げて一人で目立たない場所にある平屋に住み、占い師をしている七ノ瀬(本名は、深沢)桜子(耕太郎よりも3歳年下)。

家も近く、父親同士が親しかったこともあり、耕太郎と桜子の一家は昔から家族ぐるみのつきあいをしていました。お互いにひとりっ子でしたので兄妹のように育ちました。

桜子が小学6年生のときに母が亡くなり、その翌年に耕太郎の父がガンで急死。耕太郎の母は昔から呼吸器系の持病を持っており、父の死をきっかけに実家がある伊豆へ引っ越すことになります。

母の耕太郎への言葉、「あなたは東京にとどまって、今の高校を卒業しなさい・・・」に押し切られ、桜子と占い師として著名な父(天山)が住む家に下宿することになります。耕太郎は周囲の厚意を受け入れ、大学2年まで下宿し、20歳を機に天山の家を出て、いくつかの寄り道をへて25歳のときに天山の近くにあるアパートに引っ越します。

ここまでがこの物語の前提(背景)。

物語は、耕太郎が仕事でインド最大の町、デリーで少年たちに刺されそうになるところから始まります。占い師の天山がお隣のネパールに小道具類を買い出しに来ていて、耕太郎がデリーに仕事に来ていることを聞きつけた天山がカトマンズから飛行機でやって来ていました。その天山が耕太郎をかばって刺されてしまいます。

このときの怪我が原因で、天山は1年後に亡くなり、桜子は父の仕事を継いで占い師として再出発します。

占いにまつわる軽いかるいミステリタッチの物語です。探偵役を耕太郎が務めます。「事件」のことは省略します。
テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

Tag:読書  Trackback:0 comment:2 

「緋色からくり」

田牧大和の「緋色からくり」(新潮社)を読みました。
緋色からくり
お気に入り時代小説作家の一人です。もちろん例外はありましたが、読みやすい文章を書く作家で、筋立てにも無理はなくて一気読みさせられてしまう作品が多い魅力的な作家です。

本作は作家デビューして2年後の作品(2009年発行)ですが、田牧大和らしさをタップリと味わえる良作でした。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
姉と慕ったお志麻が殺されて四年。猫の大福と暮らす緋名の家に、用心棒になりたいという侍、康三郎が現れた。その直後に、賊の襲撃。この男が、殺しのかぎを握っているのか、それとも―。疑心が渦巻くなか、謀略のからくりが、黒幕へと緋名を導きはじめる。仇討ちの果てにあるのは―。心が折れそうなときは、助けておくれ、大福―天才女錠前師お緋名、命懸けの仇討ち始末。

主人公は、錠前師の緋名(ひな)。母を6歳のときに亡くし、錠前師だった父を4年前に亡くし・・・父から仕込まれた錠前師の腕は父以上で、父が生きていた頃には「緋錠前」という複雑なからくり錠前を緋名のアイデアをもとに父が拵え、どんな錠前破りでも「緋錠前」と知ると「尻尾を巻いて逃げだす」ほど・・・。

その緋名をずっと支えてくれていたのが髪結いのお志麻。

昔、緋名の両親は3歳のときに両親を亡くした甚八を引き取り、髪結いの親方に弟子入りするまで緋名といっしょに育てていました。緋名の母親が亡くなったときに緋名の叔母といっしょに駆けつけてくれたのが緋名の従姉にあたるお志麻。

お志麻はそれ以来、緋名にとっても甚八にとってもかけがえのない存在となります。・・・月日は経ち、お志麻は伝六という目明かしと夫婦となり、孝助という息子をもうけたのですが、伝六が7年前に殺され・・・髪結い床『甚床』の主となっていた甚八と夫婦約束をしていました。

ところが、4年前に髪結いに出かけた得意先で、連れていた六歳の孝助の目の前でお志麻は何者かによって殺されてしまいます。

物語は、この2つの事件の真相が明らかになったところで終わります。「探偵」役はもちろん、緋名。

緋名が過去の事件の真相を突き止めようとしたきっかけは、緋名が独り暮らしをする家に空き巣が入ったこと。孝助の父親となっていた甚八は、榎康三郎という謎の侍を用心棒として雇い、緋名を守ろうとします。

この出来事があって以降、きな臭い匂いが・・・「仇」が再び動き出したのです。用心棒として雇われた康三郎の正体が謎に包まれ、スリルある展開となります。登場人物が多彩(辰巳芸者の祥太や三角屋の跡取りとなる徳太郎、黒鉄屋の若旦那・与次郎、そして猫の大福・・・)で、謀略のからくりが明らかになる過程をタップリ楽しむことができます。人物の描き方がていねいで、単なるミステリでなく人情ものとしても良い出来具合。

ご一読あれ・・・。

テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

Tag:読書  Trackback:0 comment:0 

プロフィール

キク

Author:キク
FC2ブログへようこそ!
旧「アコーディオン好きの徒然日記」ともどもよろしくお願いします。

◆松原アコーディオンクラブ・奈良アコーディオン愛好会・ぱすとらあるアコ所属。
◆日本アコーディオン協会評議員

最新トラックバック
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
QRコード
QR