「ハゲタカ外伝 スパイラル」

真山仁の「ハゲタカ外伝 スパイラル」(ダイヤモンド社)を読みました。

真山仁を有名にした「ハゲタカ」シリーズのスピンオフ作品です。実は・・・本体の「ハゲタカ」シリーズをまだ読んでいません。読んだことがあるのは「ベイジン」や「プライド」、「そして、星の輝く夜がくる」(これが一番のオススメです)、「雨に泣いてる」、「海は見えるか」・・・。

本体を読まずにスピンオフだけを読んだ理由は・・・退職して以降、小説だけはほとんど図書館で借りて読んでいます。前回借りた本の中に既読の本があり(よくヤラカスのです)、妻が借りていた本しか読むものがなく、妻に訊くと本体を読んでいなくてもOKだとのこと。それで、こういう変な読み方をしてしまったのです。

「ハゲタカ」シリーズを読んでから本作を読んだ方からは、「邪道ジャドー!」「本当のオモシロサが分からない!」と言われそうです。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
2007年9月、東大阪の中小メーカーマジテック創業者にして天才発明家の藤村登喜男が急逝する。通称“博士”の彼こそ、芝野健夫に事業再生家として歩むきっかけを与えた恩人だった。芝野はマジテックを救うべく、大手電機メーカー・曙電機から転じて奮闘する。しかし、後継者問題やクライアントからの締め付けなど、ものづくりニッポンを下支えする町工場に降りかかる難題と、自己の利益を優先する金融機関の論理に翻弄され、苦境の渦に飲み込まれていく。再生浮上のきっかけをつかんだと思った矢先、リーマンショックが発生。想定外の余波に襲われ、絶体絶命のピンチに陥る。捨て身の最終戦を前にして、鷲津をも巻き込んで、芝野は決死の反撃を決断する―。『ハゲタカ』シリーズ本編の裏に秘められてきたストーリー。

プロローグと8つの章、エピローグから成っています。このうちプロローグで描かれているのは、1986年に芝野が「なにわのエジソン社」の藤村に会う場面、1986年に鷲津が藤村から100万円の投資を受ける場面、1997年に三葉銀行の村尾が不正を暴かれて芝野たちに辞職させられる場面・・・これらは「ハゲタカ」シリーズを読んでいない私には???でした。

第1章から8章まで、そしてエピローグだけはソレナリニ理解できました。

三葉銀行でCRO(最高事業再構築責任者)兼専務だった芝野が円満退社し、東大阪市にあるマジテックの専務となります。マジテックは天才発明家・藤村が起こした会社でしたが、藤村の急死によって危機に直面していました。

物語は芝野が専務となった2007年から2008年までの2年間を描いています。芝野の奮闘もあり、マジテックは再生の道を歩み出すのですが・・・

三葉銀行を辞めさせられたことを逆恨みする村尾による妨害工作や外資系のハゲタカファンドによる買収工作により窮地に陥っていく芝野とマジテック。

ネタバレになりますが、最後にはマジテックは買収されてしまいます。しかし、負けはしましたがマジテックが最も大切にしていたものは守られ、どんでん返しで物語が終わります。

物語で描かれているのは買収工作との戦いではなく、日本を支えている中小零細企業の存在。中小零細企業こそ日本の「宝」だという視点が貫かれています。日本経済の構造的問題を鋭く描いた物語でもあります。

できれば、私のような読み方ではなく「ハゲタカ」シリーズを読んでから本作を読まれることをオススメします。
FC2ブログの編集が突然おかしくなり、写真を挿入しようとすると記事本文が消え・・・また一から書き始め・・・再び写真を入れようとすると記事が消え・・・これを繰り返し・・・写真を入れることを諦めました。4時半には書き終えていたブログですが、こんなことがあってアップが1時間も遅れてしまいました。

ドナイナッテマンネン、FC2ハン
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「蜩ノ記」

葉室麟の「蜩ノ記(ひぐらしのき)」(祥伝社)を読みました。
蜩ノ記
葉室麟の時代小説を何冊か読みましたが・・・今までに読んだ中では最高傑作と言ってよく、最も胸を打つ作品でした。

時代小説の中で好んで読んできたのは「市井もの」でした。捕物帖や剣豪小説なども読んできましたが・・・「武家もの」はつまみ食い程度。そんな私ですらこの作品には深く胸を打たれ、読み終えてからしばらく余韻に浸っていました。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
豊後・羽根藩の奥祐筆・檀野庄三郎は、城内で刃傷沙汰に及んだ末、からくも切腹を免れ、家老により向山村に幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷の元へ遣わされる。秋谷は七年前、前藩主の側室と不義密通を犯した廉で、家譜編纂と十年後の切腹を命じられていた。庄三郎には編纂補助と監視、七年前の事件の真相探求の命が課される。だが、向山村に入った庄三郎は秋谷の清廉さに触れ、その無実を信じるようになり…。命を区切られた男の気高く凄絶な覚悟を穏やかな山間の風景の中に謳い上げる、感涙の時代小説。

5年前に第146回直木賞を受賞した作品で、その後に映画化されたりラジオドラマ化されたりしましたのでご存知の方が多いことだと思います。

江戸時代後期の豊後羽根藩(架空の藩)を舞台とした時代小説です。些細なことをきっかけに城内で親友とけんかになり、刃傷沙汰を起こしてしまった檀野庄三郎が主人公。

「BOOK」データベースに書かれていることは省略・・・

最も心を打たれるのは、秋谷(しゅうこく)の息子・郁太郎の親友である近所の百姓の子・源吉が拷問を受けて殺される場面。その死に顔はおどけて笑っている・・・その顔は小さな妹をあやしているときのおどけた表情そのものだった・・・この場面が強烈に読者の心を揺さぶります。

そして、物語が終えようとする直前、郁太郎が拷問を受けて死んだ源吉のために家老屋敷へ乗り込んで家老を切りつけようとする場面・・・結末はどうなるのだろうと思うほど残りページ数が少なくなったあたりから急展開します。

さまざまな人間ドラマがぎゅっとつまった、人生の応援歌とも言える時代小説でした。

時代小説を敬遠されている方には特にオススメします。


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「カレイドスコープの箱庭」

海堂尊の「カレイドスコープの箱庭」(宝島社)を読みました。
カレイドスコープの箱庭
現役医師が書いた小説を何冊か読んだことがありますが、この作者の作品は「螺鈿迷宮」と「ガンコロリン」だけ。最も有名な「チーム・バチスタの栄光」に始まる東城大のシリーズは読んでいません。そのバチスタ・シリーズの最後の小説が本作となるようです。

現役医師が書いた小説で「お気に入り」となったのは南木佳士の書いた数冊だけ。久坂部羊や結城五郎、米山公啓、春野ことり・・・あと何冊か読みましたが・・・最低ランクだったのが海堂尊の「ガンコロリン」。

何故そんなに評価が低いのに読んだのだ?、と問われると・・・巻末に「完全保存版!」と銘打って「海堂尊ワールド」(これまでの作品の相関図や登場人物相関図、作中の「用語解説」、「医療用語辞典」など)が掲載されていたため、としか答えられません。ただそれだけです。

「最終話」だけに、それまでのシリーズで活躍したであろう人物が説明抜きで登場します。ずっと読み継いでこられた方からすると、最終話だけを読んで文句言うな!、とお叱りを受けそうですが・・・医療制度についての記述は別にして、登場人物の描き方や説明に厚みや人間的な温かさを感じられず、少々ふざけすぎ、そしてこれが致命的なのですが、文が雑すぎる・・・やはり、オススメに値しない作品でした。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
なぜか出世してしまう愚痴外来の元窓際講師&厚生労働省の変人役人の凸凹コンビ、最後の事件!

閉鎖を免れた東城大学医学部付属病院。相変わらず病院長の手足となって働く田口医師への今回の依頼は、誤診疑惑の調査。検体取り違えか、それとも診断ミスか!?エーアイ国際会議の開催に向けて、アメリカ出張も控えるなか、田口&白鳥コンビが調査に乗り出した―。バチスタ・シリーズ真の最終章!

巻末に登場人物リスト&桜宮市年表&作品相関図など収録。海堂ワールドを網羅した完全保存版


この小説の骨格となっているのは、死亡時画像病理診断(Ai:エーアイ)。死亡時に、MRIなどで遺体を検査するAi(オートプシーイメージング)を提唱した本人が書いた小説ですので、作中の人物にAiの必要性を語らせていることは当然です。

作中では2つのことが同時進行します。そのまま引用すると・・・院内の診断ミスから起こった術死と、関連する部署への聞き取り調査。Aiへの反動勢力を抑え込むため機先を制して実施したAi標準化国際会議の準備と開催。

主人公は、神経内科学教室の准教授である田口医師。遺族のもとに匿名で病理の誤診だという内部告発があり、田口が調査をすると・・・結核結節と扁平上皮癌を誤診したことが判明します。

誤診ではなく、内部の人物による検体の差し替えが行われたことが厚労省の白鳥による「外部監査」によって明らかにされます。このときに使われたのが嘘発見器(実は、万華鏡=カレイドスコープ=)。嘘発見器というのはウソで、指紋を採取するためのものだったのですが・・・。

ラストの場面に「とかく人の世は、善悪が入り乱れた万華鏡の箱庭の世界」と田口の気持ちが語られる場面があります。この部分が「表題」として使われているのです。

Aiについては推進派と反対派に分かれているようですが、ずぶの素人である私にはいい勉強になりました。ただそれだけです。
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「相も変わらず きりきり舞い」

諸田玲子の「相も変わらず きりきり舞い」(光文社)を読みました。
きりきり舞い
2014年に出版された本で、2009年の「きりきり舞い」の続編でした。前作のことを知らずに読みましたが、何の問題もありませんでした。

前に読んだ「天女湯おれん これがはじまり」も1作目を読まずに2作目だけを読んだのですが、こちらは1作目の「前史」が描かれていたので1作目を読まなくてもOKだったことを思い出しました。

「相も変わらず」「祝言コワイ」「身から出たサビ」「蓼食う虫も」「人は見かけに」「喧嘩するほど」「人には添うてみよ」という7編からなる連作短編集です。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
小町娘と評判の舞は十返舎一九の娘。なぜか父や葛飾北斎の娘、お栄ら、奇人変人たちの大騒動の後始末ばかり。恋を邪魔され、縁談は壊され、いつも唱えるまじないは、「奇人気まぐれ、きりきり舞い!」。

つい最近読んだ朝井まかての「眩(くらら)」の主人公であるお栄(葛飾北斎の娘)が「奇人」としてこの物語にも登場しています。

奇人の筆頭格は舞の父、十返舎一九。「東海道中膝栗毛」で一世を風靡して流行作家となりましたが、この物語の時代は中風を患った後で、思うように書けずに悩んでいることに加えて、昔からの大酒飲みを止めず、年がら年中、金欠病。

もう一人の奇人は、一九の弟子で居候の今井尚武。この男は仇討ちのために駿河から江戸に出てきた男で、ようやく敵を見つけたものの刃を交える前に死なれてしまい・・・大食漢の居候は勝手に舞の許婚になった気でいる「いけずうずうしい」男。

舞は踊りの師匠。舞の師匠だった勘弥姐さんが嫁いだあとをそっくり引き継ぎ、3日に2日は稽古場へ通っています。

朝井まかての「眩(くらら)」を読んだばかりでしたので、お栄の人物像がしっくりこないのですが・・・どちらも作者のフィクションなので仕方ないことと自分を納得させざるを得ません。ほんの少しだけ登場する北斎についてはある程度人物像が重なり、違和感を覚えることはありませんでした。

奇人たちが起こす騒動に振りまわされて「きりきり舞い」させられる舞ですが、ぼやきながらも後始末をしていく舞。

地の文を取っ払って会話(台詞)だけにしてしまうと・・・ドタバタ漫画を読んでいるような、理屈抜きでオモシロイ時代小説です。言い方を変えると、軽いタッチのコメディーもの?

奇人の奇行を「奇行」のまま終わらせないのがこの小説の良い点? 奇人として描きながら周りの者を思いやる気持ちをさりげなく書き込む作者の描き方に感心させられます(この点は、評価の分かれるところかも)。
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「菩提樹荘の殺人」

有栖川有栖の「菩提樹荘の殺人」(文藝春秋)を読みました。
菩提樹荘の殺人
「アポロンのナイフ」「雛人形を笑え」「探偵、青の時代」「菩提樹荘の殺人」という4編が収められた短編集です。

「あとがき」によれば、4編に共通するモチーフは「若さ」。

「アポロンのナイフ」は少年犯罪をテーマにし、「雛人形を笑え」では殺されたのが若手漫才師。「探偵、青の時代」は、このシリーズの探偵役である臨床犯罪学者・火村英生の学生時代の名探偵ぶりが回想され、「菩提樹荘の殺人」では殺されたのがテレビ出演で人気が出てアンチエイジングを売りにしていた53歳の心療カウンセラーの男。

「BOOK」データベースには、次のように紹介されています。
瀟洒な邸宅の広大な庭。池の畔、大樹の根元に転がる肉体美を誇った男の死体。上塗りされた虚飾が剥がれ落ちてゆく―火村英生シリーズ最新作!

今回は小説の紹介はここまでにして、私が読んでいて一番関心を持ったことについて少しだけ・・・

それは、シューベルトの歌曲集「冬の旅」の5曲目である「菩提樹」のこと。この曲の日本語訳について火村が語る場面があり、「『泉』は原文ではブルンネンで、池や湖ではなく『噴水』だな」と語っています。

ここを読んだとき、5年前に妻と二女、私の3人でハンガリー、オーストリア、チェコを旅行したときのことを思い出しました。

「ウィーンの森」にシューベルトが静養のためにやってきて「菩提樹」などを作曲し、31歳の若さで亡くなった地で、現地のベテランガイドさんから「菩提樹」の「泉」は本当はこの「井戸」のことだという説明を聞いて信じ込んでいた時期がありました。事実、そのときのブログには「井戸」と「西洋菩提樹」の写真を載せて、「泉」ではなく「井戸」のこと・・・などと書いてしまっていました。

現地ガイドによれば、ドイツ語のBrunnenは「泉」や「井戸」などと訳せ、「泉」は間違いで、目の前にある「井戸」が当時から残っているもの云々という説明があり、そう思い込んでしまわされました。

でも、よく考えれば・・・詞はドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集からのもの・・・シューベルトが作詞したのではありません。そして、静養していた小屋(当時は)のような建物に西洋菩提樹と井戸があるというのはあまりにも不自然。

真偽の程は分かりませんが、おそらく現地ガイド(元日本人)の勝手な解釈?
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プロフィール

キク

Author:キク
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旧「アコーディオン好きの徒然日記」ともどもよろしくお願いします。

◆松原アコーディオンクラブ・奈良アコーディオン愛好会・ぱすとらあるアコ所属。
◆日本アコーディオン協会評議員

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